<2017年春の伝道礼拝>第1回(5月14日)説教要旨

<2017年春の伝道礼拝>第1回(5月14日)説教要旨
「迷走船の行方」

ヨナ書第1章1~16節
マタイによる福音書第12章38~41節
荻窪教会牧師 
小海  基

<メッセージ>

 5月の伝道月間のテーマは、「航海」です。
 人生を航海に例えたり、教会のシンボルが船になったりするのは、砂漠の遊牧民の中から生まれたキリスト教にとってかなり後の時代となりますが(この砂漠の民はよほど海が恐ろしかったらしく、世界の終末を語るヨハネの黙示録第20章の終わりで早々と海は消えます。「パラダイス」というと南太平洋の島のようなイメージを抱きがちな私たちには意外なことですが…)、それでも旧約にも新約にもわずかながら「航海」の物語が残されています。
 その代表的なものとして伝道礼拝一回目で旧約聖書の預言書「ヨナ書」を読みましょう。
 預言者ヨナが神さまから「さあ、大いなる都ニネベに行って……呼びかけよ」と命令をうけたニネベは大きな都です。ここがアッシリア帝国の最後の首都となったのがセンナケリブ王の時代、紀元前700年前後で帝国の全盛の頃でした。
 預言者は神のことばをとりつぐ人です。宗教社会学者のマックス・ウエーバーは至福預言には人間は喜んでお金を払うが不吉なことを語っているとお金はとれないし、場合によっては石が飛んでくることもある。神さまから禍の預言を託されて語る預言者こそ本当のプロであると書いています。
 預言者ヨナは実在した人です(列王記下14章25節)。アミタイの子ヨナは神さまから世界超大国のアッシリア帝国の首都ニネベへ行って、ニネベは悪のゆえに滅びると禍の預言を語れと命じられます。
しかし権力の絶頂期のアッシリア帝国にこの言葉を伝えて何になろう、お金を貰うどころか逮捕され、殺されてしまうかもしれないと、ヨナは正反対に西へ地中海を船で渡って、スペインの南西タルシュシュ(現在のタルステ)へ逃げて行こうとしたのです。ヨナ書のテーマは、神のあわれみはヘブライ民族のみではなく、悔い改める全世界の異邦人にも及ぶということです。
 ヨナ書は寓話です。神さまの命令から人間は逃げられない。ヨナが主から逃れようと乗り込んだ船は迷走しはじめ、沈没しかねない時にヨナは船底で眠りこけています。船長はヨナを起こしてあなたの神に祈れと頼みます。ヨナも祈ったが何も変わらなかった。犯人探しのためにくじ引きをするとヨナに当たり、しぶしぶ告白します。私はヘブライ人で海と陸を創造された神をおそれる者です(よくも言えたものです!)が、主の命令に逆らって逃げています。私を捕らえて海にほうり込みなさい。彼らが主に祈りながらヨナの手足を捕らえて海にほうり込むと、荒れ狂っていた海は静まりました。プロの預言者ヨナより異邦人の船員たちの方がよほど信仰的です。
ヨナは三日三晩大きな魚に飲み込まれ、陸地に吐き出されます(このヨナの物語は後のピノキオ物語となる)。
 ニネベは悔い改め救われます。

 迷走船は私たちの世界そのものではないでしょうか。ヘイトスピーチが世界中ではびこり、自国優先主義が流行して、アメリカや日本が迷走に加担している世界は今自分を見失って迷走船のようになっています。私たち自身もヨナそのものかもしれません。
 本当に神の言葉を聞いて共に生きていくことはどういうことでしょうか。迷走船の行方は神さまが示して導いて下さっていることをしっかりと心に受け止めて歩んでいきましょう。

<2016年度信徒講座Ⅱ>(2017年2月26日)メッセージ要旨

2016年度信徒講座Ⅱ(2017年2月26日)
「旧約に聴く」

小海 基

<メッセージ>
〇このたび静岡市で牧会されている神愛教会ジャクソン・ノブ・F先生から、先生が作成された「旧・新約聖書のポイント」と題する一覧表の印刷物をご好意で荻窪教会に寄贈された。本日ご出席の方に贈呈する。これは「あとがき」にあるように、町の広域市街図のように聖書を一目でみることが出来たらとの願いから作成された。聖書を読む時の参考資料として、ぜひとも活用して頂きたい。
〇小海家では私の子ども時代から、毎日朝食前に聖書1章を読み続けている。特に長い詩篇119編の時などは朝食時間が随分遅くなることもあるが、継続している。旧新約聖書を1日1章読み進めると、全部を読み終わるには約3年半かかる。
〇聖書の読み方は人それぞれである。光山良子姉は韓国、中国に住んでおられたが、聖書を大学ノートに書き写すことを通して自国語以外の言葉を覚えられた。松村英津子姉は目を悪くされた時、聖書を朗読して、いつでも聴くことができるように録音された。
〇聖書の読み方という点で印象深く記憶しているのは、ドイツの神学者として著名なブッパータール大学のヘルベルト・クラッパート先生が2010年に来日の際、若手牧師を前に話されたショッキングな内容の講演である。日本人は旧約を知らなすぎる、もっと旧約を読めと言われた。その時、日本側の牧師(同志社出身でいま北海道で牧会)が可能な範囲で入手した国内の教会の教会史に記載されている説教題と聖書個所を調査して統計を取った報告がなされたが、戦後、1年のうち旧約を取り上げたのは僅か5%程度との結果であった。
〇私はイーデン神学校での留学を終えて荻窪教会に戻って以来、旧約の講解説教を始めたので例外的に旧約聖書に基づく説教が多い。
〇クラッパート先生はその講演で日本において旧約が読まれていないとは、とんでもないことと言われた。実はドイツでそのような事態に陥ったのがナチス時代。当時「ルタールネッサンス」とか「ドイツキリスト者」という言葉が叫ばれ、教会はカルト化していった。あの時代、ドイツで起こったことは旧約やヘブライ語を教えていたユダヤ人の血が交る教授たちを大学から追い出し、絶滅収容所に送ったり、アメリカに亡命させるなどであった。戦中から戦後にかけてアメリカで旧約の研究が進んだのはこのような背景による。私が教えを受けた浅見定雄先生や左近淑先生もアメリカで旧約を学ばれた。
〇ヒトラーの時代、旧約は必要ない、新約だけでよいと言われた。紀元1世紀頃そのようなことを言ったのがマルキオンであり、当時それなりに影響力があった。
〇旧約を読まなくなるとヒトラーがメシアであるかのような事態に陥る。ボンヘッファーは処刑され、バルトはスイスに国外追放となる。両者ともこういう時代だからこそ旧約抜きの新約ではおかしなことになると強く主張している。
〇聖公会出版で発行された『《メサイヤ》は何を歌うのかーzその魅力と醍醐味』(家田足穂著)という本を読んだ。家田氏はこの本で、聖書を引用した歌詞は3分の2が旧約と指摘している。ヘンデルはアウグスチヌスの影響を強く受けており、旧約の中に新約が隠されているとの理解に基づいて、メサイヤを含む多くのオラトリオの作曲につながった。
〇2017年は時あたかも宗教改革500年の年。ルターによって聖書が自国語で読めるようになり、そのことは教会に限らず、文学(シェイクスピアなど)、音楽(バッハ、ヘンデルなど)、美術というように非常に幅広く文化面にも影響が及ぶ結果となった。
〇今のような時代だからこそ主イエス・キリストは旧約の預言の成就の上にあることを改めて覚える者でありたい。
〇今年度の標語はイザヤ書最後の66章の13節にある御言葉「母がその子を慰めるように、わたしはあなたたちを慰める」であった。旧約があるからこその思いを一層強めていきたい。(終)

<荻窪教会創立記念日礼拝>(2017年2月5日)説教要旨

<荻窪教会創立記念日礼拝>(2017年2月5日)説教
イザヤの励ましとヒゼキヤの祈り

列王記下19:1〜19
ペトロの手紙Ⅱ3:8〜13

小海  基

<メッセージ>
 北イスラエル19人、南ユダ王国のダビデ王朝24人、計43人の王の中で、本当によく祈った王はダビデ王とヒゼキヤ王です。ダビデ王の祈りは現在、詩編という形で残されており、いくつかは賛美歌として歌われています。美しい文学的な祈りです。
 一方ヒゼキヤ王の祈りはダビデより立派なものではなく荒っぽく本当に苦難の中でボロボロになっての祈りで決して整えられた理想的な祈りではありません。それだからこそ、現代の私たちの胸を打つ祈りです。却ってこのヒゼキヤ王は本当に預言者イザヤを通して神様を頼みとしていたのだなあ、超大国に揺さぶられる一人の無力な人間として、ただただ神様に委ねて祈ってきた人間なのだなあということがうかがえます。

 今日の礼拝は荻窪教会の創立記念日礼拝として捧げていますが、講解説教でこのヒゼキヤ王の祈りを、この日に読むことは大変意義深いことと思います。八十年を越えるこの教会の歴史の中で試練の時が何度もありました。
 先日、京都の洛陽教会を訪ねました。同教会は1890年(明治23年)の創立で、『一一〇年史』『一二五年史』の二冊の教会史を頂戴しましたが、歴史を担った人々が祈りを合わせてきたことがよく分かります。
 荻窪教会では、会堂建築の会計のことで大きな試練の時があり、マイナスからの再建に取り組んでいたその当時、全教会員が平日の同じ時間に祈りを合わせていたことが記録されています。私たち人間は無力だけれど、無力だからこそ神様に委ねて祈る、それが最も尊い祈りの本質です。

 ヒゼキヤはアッシリア軍のラブ・シャケの言葉を聞かされて衣を裂いてあられもない嘆きの言葉を預言者イザヤに伝えます。実は列王記に預言者イザヤの名前が登場するのはこの19章が初めてです。イザヤが預言者に召しだされて立ったのはウジヤ王の亡くなった時でした。それから南ユダ王国の王様で言えばヨタム、アハブといった2代が続きますが、イザヤに頼ろうとはしませんでした。
 しかしここに来てヒゼキヤ王はあられもないほど取り乱してイザヤに執り成しを求めるのです(19章3〜4節)。イザヤは励まします(同章6〜7節)。実際この通りに歴史は進みますが、この時点では誰もそんなことが起こるとは夢にも思っていないわけです。ラブ・シャケはアッシリアのセンナケリブ王と落ち合い、アッシリアのセンナケリブ王はクシュつまりエチオピアがエジプトと手を組んでアッシリアに歯向かおうとしていることに促され、早く南ユダを落として全面戦争をするのだとラブ・シャケを急かします。ラブ・シャケはここで再び激しく挑発します(10〜13節)。
 ヒゼキヤ王は自ら祈らざるを得なくなり、エルサレム神殿に出向き、手紙を主の前に広げ、ケルビムの前で祈ります。その祈りが15節から19節に記されています。
 「わたしたちの神、主よ、どうか今わたしたちを彼の手から救い、地上のすべての王国が、あなただけが主なる神であることを知るに至らせてください。」(19節)。主はイザヤを通して祈られたその祈りに応えて下さったのです。
ペトロの手紙Ⅱでは、一人も滅びないで皆が悔い改めるように神様が忍耐しておられることが記されています。主がつくっておられる歴史に私たちも立ち会っていることを改めて思います。(終)

<2016年秋の伝道礼拝>第3回(11月27日) 説教要旨

「他人は救ったのに自分を救えない神」

イザヤ書第53章3〜5節
マルコによる福音書第15章25〜32節

荻窪教会牧師  小海  基

<メッセージ>

秋の伝道月間のテーマは「逆説の神」です。聖書が予定調和、順説表現をあえてとらない時は、ひとひねりの表現でしか語り切れない特別な意味があると思うのです。
本日の説教題は十字架につけられた主イエスに投げつけられた侮辱の言葉です。先ほど
読んだマルコによる福音書が一番古い記録ですが、このことはマタイ(27章)、ルカ(23章)にも記録されています。いずれも注目されるのは、イエスがその侮辱の言葉を訂正されていないことです
ルカでは一緒に十字架にかけられた犯罪人の一人が「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ」と繰り返します。もう一人の犯罪人はたしなめて「我々は自分のやったことの報いを受けているのだから当然だ。しかしこの方は何も悪いことをしていない」と告白します。「自分を救わない」でなく「救えないメシア」と侮るのです。

今日はアドベント第一礼拝でもあります。教会暦の色として紫色を用います。紫は悲しみの色であり、最近は赤色でなく、紫色のロウソクを用いるキリスト教国もあります。楽しいクリスマスというよりも、断食をするような思いでこの四週間を過ごすというクリスマスの迎え方が復興しつつあります。
それは「飼い葉桶と十字架」という言い方で表現されることですが、この救い主は神の座におられるのに、私たちを救うために地上に降りてこられ、生まれた最初の晩も、王宮のベッドではなく飼い葉桶に寝かされ、枕する所もない日々を送り、十字架という形(単に死んだのではなく政治犯として殺された)を通して罪深い私たちを救われた方だということをこのアドベントの四週間、深く心に刻みながら救い主の誕生日を待つべきだということなのです。
今日はマルコに加えてイザヤ書53章、苦難の僕(しもべ)の個所を一緒に読みました。まるで受難節に読むような個所です。私が神学生の時に二年間過ごした吉祥寺教会で竹森満佐一牧師はアドベントに入ると、このイザヤ書53章を説教で採り上げることをならいとされていました。先生は「ここは大変暗い話だが、神の前に苦難を使命として遣わされた僕としての救い主の姿が画かれている」と語られ、クリスマスを浮かれて迎えてはいけないと強く言われていました。
最も絶望の中にいる人こそが、主の十字架の出来事を最も身近に感じることが出来ます。そうした一人が、ヒトラーの暗殺計画に関わったことで捕えられ処刑されたボンヘッファーです。獄中で暗殺計画が失敗であったことを知らされたあとに彼が獄中で書いた文章は、ドイツばかりか世界中のキリスト者に衝撃を与えました。
彼は、マルコ15・34(エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ)、イザヤ書53章を踏まえて、「神の苦しみにあずかることが、キリスト者を作る。これが、悔改め(メタノイア)なのだ。それは自分自身の窮乏や問題、罪や不安を先ず考えることではなく、イエス・キリストの道に、イザヤ書53章が今成就されるというメシアの出来事に、自分がまきこまれることだ!」と書いています。
「自分は救えない」という形で、救い・希望・赦しを私たちに与える神の姿を聖書は伝えています。予定調和、順説の表現では言い表し得ない出来事、主イエスキリストの救いのメッセージを私たちが広く宣べ伝えていきたいと願います。

<2016年秋の伝道礼拝>第2回(11月20日) 説教要旨

「黙していられない神」
エレミヤ書第4章19節
マタイによる福音書第18章21〜35節

荻窪教会副牧師  龍口 奈里子

<メッセージ>
エレミヤの時代(紀元前6・7世紀頃)、イスラエルは政治的不正や異教の神々への祭儀が蔓延し、荒廃していました。エレミヤ書全52章は厳しい滅びの預言と希望の預言の両面が交互に語られているのが特色です。1-30章には神の怒りと裁きの言葉が、31-52章には神の痛みと悲しみの言葉が綴られています。
4章19節では滅びと希望という、相対する神の思いがとてもよく描かれています。「はらわたよ、はらわたよ」と2回続けています。「はらわた」というと、腹がたって怒りを堪えることが出来ない状態を「はらわたが煮えくり返る」と表現しますが、「はらわた」という言葉には別の意味もあります。ギリシャ語の「スプランクノン」は「内臓・はらわた」という言葉ですが、動詞にすると「スプランクニゾマイ」となります。31章20節「わたしは彼を憐れまずにはいられない」の「憐れむ」に「スプランクニゾマイ」が用いられています。腹の底から痛む・苦しむという意味です。
日本語にも、はらわたがちぎれるほど辛く悲しい思いを表す「断腸の思い」という言葉があります。4章27節で「わたしは滅ぼし尽くしはしない」と神は言われました。つまり神の怒りは「はらわたが煮えくり返る」というよりも「断腸の思い」という意味に近いのではないでしょうか。痛みを伴う赦し、「断腸の思い」で神は愛する民の罪を赦そうとされるのです。「はらわたよ、はらわたよ」と呼びかけて、もだえ苦しんでいる神の姿は、怒りではなく民を憐れみ苦しんでいる姿なのです。怒りながらも苦しむ神、裏切られようとも愛する神、悔い改めの心を待ち望みながらも一方的に赦す神、黙っていられない神、それが「スプランクニゾマイ・神の憐れみ」なのです。
 
新約聖書のたとえの中にも動詞「スプランクニゾマイ」が出てきますが、そこでは他人の苦しみを自分の苦しみのように苦しむ事、共に痛む事、共に悲しむ事という意味合いがあります。ギリシャ語「スプランクノン」(はらわた・内臓)は日本語で「同情・共感」と訳します。ドイツ語のミットライデンはミット=共に、ライデン=苦しむ。英語のシンパシーはシン=共に、パシー=苦しみ・感情という言葉からなります。主イエスのたとえでは「共に」ということが強調されていると思います。
 今日の「仲間を赦さない家来」のたとえで、王が最後に言った「わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか」の「憐れむ」が動詞「スプランクニゾマイ」です。ペトロの「兄弟の罪を何回赦すべきですか、7回までですか」という問いに、主イエスは「7回どころか7の70倍までも赦しなさい」と言われました。何回その人を赦せるかではなく、主イエスが私たちの苦しみや悲しみに寄り添って赦してくださったように、私たちも自分から赦しなさいという事です。
このことがどれほど難しいかを私たちはよく知っています。だからこそ「自分の仲間を憐れむ心」が大切なのです。神さまからただ一方的に赦され、その赦しの道を私たちもまた歩む時、それが「共に生きる」道なのだと思います。
 「黙していられない」と厳しく語る神は、厳しく裁く神であると同時に憐れみの、赦しの神でもありました。そして主イエスは私たちと共にいて、同じ心をもって私たちを憐れみ「互いに愛し合い・赦し合い・共に生きる」道へと導いてくださっています。

<2016年秋の伝道礼拝>第1回(11月13日) 説教要旨

「あきらめの悪い神」               

エゼキエル書 第34章6~12節
ルカによる福音書第15章1~7節

カンバーランド長老・めぐみ教会牧師   荒瀬牧彦先生

<メッセージ>

三人がグループ家出をした忘れられない事件

東大和市で二十三年前に開拓伝道を始め、そこで牧師をしています。十年以上前のことですが、忘れられない事件があります。
教会にTちゃんという軽い知的障がいがある20歳代の女性がいました。養護学校時代のクラスメートのA君とB君と一緒にグループ家出をしました。知的障がいはごく軽いがワルのA君が、優しいB君とTちゃんを誘ったようでした。
探し回っても見つからず、数週間後の夜遅くに、寒さに耐えきれなくなってB君とTちゃんが、しぶるA君を引っ張って教会に助けを求めてやってきました。多摩川の河川敷の草むらの中に、シートでテントを作って暮らしているということでした。
夜中でしたがTちゃんの母親はすぐに駆けつけてきました。B君のお父さんは朝まで仕事でしたが、留守録を聞いて勤務明けに飛んできました。しかしA君を迎えに来る人はいませんでした。余りにも悪さを繰り返してきたので、家族とは絶縁状態だったのです。
私は不良のA君から弱い二人を守らなくてはと思い、A君を猛烈に怒りました。二度と彼らには関わるな、と。その時A君の気持には思い至りませんでした。B君のジャンパーを取りに河川敷に行き、ブルーシートのテントを見た時、これは「家」なんだと分かりました。「A君は自分の『家』が欲しかったのではないか」と思いました。私も含め周りの大人は誰も彼に寄り添おうとはしなかったし、誰も立ち直りを助けることはできませんでした。これまでの成育歴が彼を屈折させてしまい、彼は自分でもどうしようもできないものを抱えていました。
 家庭が不遇な少年たちに関わる仕事を長くされてきた方が、このように言ったことがあります。「人間には生まれてきたときから負わされてきた、運命があるんでしょうか。もうそれは変えられないんでしょうか。」私は何も答えられませんでした。「愛に不可能はない」と偉そうに説教しているけれど、現実には、A君はどうしようもないと内心考えている、と思いました。幼少期の育ち方は人格形成に重大な要素なので、そこで健全に愛を受けなかった人のことについて、楽観的な見通しを持つことができませんでした。

神に愛されていると知って人生を立て直したティム

 それからしばらくしてティム・ゲナールというフランス人の書いた自伝『3歳で、ぼくは路上に捨てられた』という本を読みました。まだ十代だった彼の母親は、3歳のティムを電信柱にくくりつけて逃げてしまった。父親は階段の上から蹴り落とし、それから二年以上ティムは病院のベッドで過ごしました。その蹴り落とされた日は五歳の誕生日だったそうです。その後も虐待され九歳までに二度自殺未遂をし、少年院に入れられては脱走を繰り返していました。十六歳でボクシングに出会い、力をぶつけるところを見出しますが、孤独で空しく、暴力と性的衝動に駆りたてられる日々でした。
 ところがその頃から不思議な人々に出会い始めます。最初は荒くれ労働者たちの中で、一人神様の話をしているジャン・マリーという青年でした。ティムのことを「友達」だといって自分の家の仲間に紹介します。家というのはラルシュ(箱船)という名前の共同体で、障がいを持つ人とそうでない人が共同生活をするところでした。トマという神父は会うたびに、「イエス様の赦しがほしいですか」と言って祈り、徹底的にティムと付き合います。家の鍵を渡して「いつでも来ていいよ」と言う。ティムは朝四時に行って騒いだりするけれども、「イエス様の赦しをあげましょう」と言って神父は祈る。ティムはこの神父から、無条件の受け入れ、赦し、そして希望の三つの宝物をもらったといいます。
彼の妻となる素晴らしい女性は、彼をとことん受容してくれた。そのような人たちを通して、彼は自分が神様に愛されていると知って、人生を立て直したのです。彼は今、キリスト者として、家庭人として幸せな暮らしをしているそうです。養蜂業をしながら、やはり家庭に恵まれなかった、苦しんでいる青少年たちの相談にのり、よいカウンセラー、アドバイザーだといいます。
 私はこの本を読んで、「生まれてきた時から負わされている定めはもうどうしようもないものなのか」という問いに対して、「人が幼少期に受けるべきものを受け取れなったら、あとが本当に大変だ。でも、どうしようもなくはないのだ」という答えをもらったように思いました。人が見捨てても、神様は見捨てない。そしてどんな地点からでも、人はやはりやり直せるのです。
 ティムが大切な人たちに出会ったということを、キリスト教的な視点でとらえると、「やはり神様が彼のことを追いかけ続けていたんだ」ということが見えてきます。ジャン・マリー、変わり者の神父、連れ合いとなる女性など。この人たちにとって、神を信じるというのは抽象的な観念ではなくて、ティムという荒くれ者の人間を神が愛しておられる、と信じることでした。神様はあなたのことを本当に愛しているよと、僕も私もあなたのことが大好きだよ、あなたが必要だよ、と言葉や行動で表現することでした。
神様はこの人たちをメッセンジャーとして遣わして、「あなたをあきらめていないよ」と伝えてくださったのです。私はA君に再び会えたら「あなたが必要なんだよ」と話したい。これから出会う一人一人にはティムさんに出会った色々な人のうちの一人のようでありたいと思います。
 
見失った一匹の羊のたとえ

イエス様のたとえ話で有名なのが「見失った一匹の羊のたとえ」でしょう。百匹の羊のうち一匹がいなくなってしまった。一匹を見失ったら、羊飼いは見つけ出すまで探し回るというたとえです。数の論理で動く我々の社会だったならば、この一匹は切り捨てられることになります。一匹を追いかけて、九十九倍の経済価値がある羊を危険にさらすなんてことは馬鹿げています。しかしイエス様が九十九匹を野原に残して、と敢えて言ったのは、その一匹が百分の一という数ではなくて、「あなた」なんだ。一%なら、切り捨ててよい数字になりますが、「あなた」はかけがえがないのです。
 一人の人が神様から離れている。孤立している。それは神様の目から見たら、大切な存在が失われているということです。必死で探す。見つかり取り戻す。「見つかった!」という喜びが爆発する。周りの人たちにも「一緒に喜んでほしい」と呼びかけて大パーティーをする。一人の再発見は、神様の喜びであり、神様が他の人たちにも「喜んでくれ」と呼びかけることです。
イエス様がこのたとえで示されたのは「あきらめの悪い神様」だと思います。あきらめの悪い神様は、あなたをあきらめていない、それを告げるためにイエス様はこの世に来られ、十字架の死にまで至り、復活されたのです。

信徒講座Ⅰ「標語に学ぶ」 2016年4月24日 小海 基

信徒講座Ⅰ「標語に学ぶ」              2016年4月24日 小海 基

2016年度標語
「母がその子を慰めるように私もあなたたちを慰める(イザヤ66:13)」

「ローズンゲン」が選んだ今年度標語について

2016年度の「ローズンゲン」の年度聖句はこのイザヤ書の言葉です。
この聖句はイザヤ書の一番終わりの所で出てくるというだけでなく、父性的に語られることの多い旧約聖書の神の愛が珍しく母性的に表現されている箇所でもあります。日本では恐ろしいものを「地震、雷、火事、親父…」と言いますが、聖書の「父なる神」という表現はどうしても「峻厳な神」、「恐い神」のイメージが先立ってしまいます。「無償の愛」というイメージで神の愛を表現するのにはどうしても母性的なイメージは必要で、キリスト教絵画のシンボルでも、飢えたひな鳥に自分の身体をつついて血を飲ませる「ペリカン」を使ったりします。このイザヤ書の表現もそれと通じるものがあります。
私たち人間を神の「子」として位置づけ、私たちのすべての関係性に先立ち、それを基礎づけているものとしての「神の慰め」が語られています。その出来事がイエス・キリストの出来事として受肉し、成就するのだとする第2、3イザヤの「メシア預言」(その始まり40章も「慰め」から始まっていましたが)の最後に語られる終末的「慰め」です。それがイエス・キリストの出来事によって既に始まっていることを知る私たちキリスト者こそ、世界の和解の先頭に立たなければならないという使命を示す聖句です。
さて、皆さんは古代ギリシァの哲学者プラトンの傑作対話篇の1つである「ゴルギアス」編を読んだことがありますか?
プラトンの先生であるソクラテスが雄弁家ゴルギアスを言い負かすという話です。ゴルギアスという人は当時の地中海世界一の雄弁家です。なにしろ黒を白として通してしまうほどの雄弁家です。論争させて敗けたことが無い。その道のプロさえゴルギアスに言い負かされてしまいます。雄弁術こそがこの世のあらゆる技術の中の頂点だと誇っています
しかしそれに対してソクラテスはそんなものは立派な物の部類にさえ入らないというのです。不正を行いながら巧みな弁論術で言い逃れ、裁きや罰を受けない事よりも、不正の被害を受ける方がましだというのです。この対話篇は最初の内私たちも聴衆と一緒になって、ソクラテスの方が説得力が乏しく詭弁、屁理屈をこねているように感じているのですけれど、そのうちにゴルギアスと一緒にソクラテスに追い詰められ、言い負かされてしまう所が醍醐味です。
ソクラテスは言います。弁論術や料理、化粧術…といったものは、それ自体に本質のある技術ではない。哲学や医術とはその点で異なる。病気を癒したり、健康にしたり、真理を指し示すものではない。弁論術や料理、化粧術といった物は、本質を離れ、使い方を誤り「快楽」だけを目的として走っていったら、不正を増し、命を損ね、醜さを増してしまう。「迎合」と呼ぶべきものなのだというのです。
日本基督教団や西東京教区の中で近年目につくのは、「伝道」ということが変に大上段に振りかざされるばかりで実態が伴っていないことです。言葉巧みであるとか、人を集める方法手段とか、明るい暗いといった雰囲気だとか、そんなものにとらわれ走っていると、いつの間にかゴルギアスの雄弁術の罠に落ちてしまいます。「迎合」化し出すわけです。
問題は教会の「伝道」の伝えようとしている本質です。私たちが主の「慰め」に生かされているかということです。
今年の標語「母がその子を慰めるように私もあなたたちを慰める(イザヤ66:13)」もそのことを語っています。私たち自身がイエス・キリストの救いの出来事に現れた神の愛という本質から出発しなければ、どんな伝える技術が巧みでもダメです。母の愛→無償の愛→絶対の愛→イエス・キリストに現れた神の愛という風に、されは聖書の世界を知らない人にも伝えられるはずだというのです。そしてその愛に現実に「慰められた」者たちが、「慰め手」として遣わされているからこそ、伝わっていくのです。

説教「7年目の喜び」(創立記念日礼拝 2016年2月7日) 小海基牧師

〈創立記念日礼拝〉
(2016年2月7日)

七年目の喜び

小海 基

列王記下第11章1〜20節
コリントの信徒への手紙Ⅰ第3章10〜11節

<メッセージ>

1933年2月5日、私たちの荻窪教会は「荻窪伝道所」として最初の礼拝を捧げました。この礼拝は初代の日下一(くさか・はじめ)牧師の当時の自宅で持たれましたが、幸い3ケ月後の5月7日にヴォーリス設計の最初の礼拝堂(17坪)が建てられ、献堂式を持つことが許され、また伝道所から独立教会となるまでは5年足らずという実に順調な道のりを最初期歩みだすことができました。
それから3代の牧師により80数年の歴史を刻んできましたが、簡単な歴史を送ってきたわけではありません。戦争によって教会の中心を担っていた若者たちが戦死していく日々がありました。牧師交替のつまずきや会計問題もありました。
歴史を刻むというのは今にも切れそうになる神様の祝福の約束が、それにも拘わらず切れずにつながれていくという歩みを確認することでもあります。
そういう意味で、今日この創立記念日礼拝で、講解説教の一環として列王記下11章のダビデ王朝の大木がオムリの孫のアハブの娘である太后アタルヤによって切り倒されかかったけれども、守られたという記事を読むことが許された恵みは大きいと思います。

国の栄光を計る物差しが経済や軍事力であるなら、オムリ12年、アハブ22年、アハズヤ2年、ヨラム12年の4代計48年続いたオムリ王朝北イスラエルは大繁栄した国です。特に後半2代の王はアハブの娘アタルヤが南ユダ王国の王の妻に嫁いだために南北2つの国に分断されてきたイスラエルが血縁で結ばれ、ダビデ、ソロモンの時代のように統一王朝が生まれるかもしれないというところまで行ったのでした。
ただしこの統一構想は、全く神様抜きのものでした。国は北イスラエル王国も南ユダ王国も偶像バアル崇拝がはびこり、不正義に満ちあふれた有様となってしまったのです。神様抜き、人間の罪に満ちた力まかせの南北統一、経済繁栄を神様はお許しになりませんでした。繁栄のピークで神様はもう一度ダビデ王との祝福の約束を全うされるのです。そのあとを担ったのが預言者エリヤとエリシャであり、エリシャによって油注がれたアラム王ハザエルであり、エリシャによって油を注がれて北イスラエルの王として立てられたイエフだったのです。

列王記下13章14節以下で預言者エリシャは死にますが、エリヤ、エリシャと2代にわたって巨大な南北イスラエルを手中に収めたオムリ王朝と真正面から向かい合い、戦い続けたのがこの預言者たちであったと列王記は3000年後の現在の私たちに伝えるのです。国家権力に比べれば余りに小さい、それこそ食べるにも苦労する貧しい預言者たちが巨大な国家権力に勝利するのです。
オムリ王朝の最後は、アハブの娘であり南ユダ王国のアハズヤ王の母アタルヤの最後の悪あがきによって、もう少しでダビデ王朝の大木が切り倒される寸前までいったと列王記は伝えています。
太后アタルヤはダビデ王朝の王位継承者をすべて殺そうとします。しかしその時神様は不思議なルートを使ってダビデ王朝が倒されるのを防がれたのです。そのルートとして用いられたのは、ダビデ王朝を倒そうとやっきになっているアタルヤの姉妹ヨシェバでした。アタルヤのすぐ傍らにいる姉妹の力によってダビデ王朝は切り倒されずに救われることになるのです。どうして姉妹が対立したのでしょうか。その理由は旧約学者によっていろいろな説がとなえられています。
一つは、アタルヤとヨシェバは姉妹と言っても異母姉妹だという説です。これは女の人の略歴は旧約聖書には殆ど記録がないため仮説でしかないのですが、当時はよくある話です。太后アタルヤはオムリ王朝アハブ王の娘であったけれど、ヨシェバの母親は別の人でヨシェバにはオムリ王朝の血は流れていなかったという説です。
もう一つは、来週読む歴代誌下の並行記事、22章11節に、ヨシェバは祭司ヨヤダの妻であったという記録が残っているからというものです。
私はこれだけ預言者が孤軍奮闘しているのに、同じ宗教界の代表であるエルサレム神殿の祭司たちの中から一人でもバアル崇拝を増長させている北イスラエルのオムリ政権に立ち向かう人が出ないのは余りにもおかしいと思いますから、祭司ヨヤダが立ち上がったことは当然のこと、自然なことであると思います。
しかしその妻だからといってヨシェバがオムリ王朝の利権に反することまでするか、ちょっと不自然な気もします。そう考える旧約学者はもちろんいて、歴代誌下のヨシェバが祭司ヨヤダの妻というのは、あとからの歴史改ざんなのではないか、と考える学者もいるようです。
とにかく、神様はダビデ王朝最大の危機を、その危機をもたらしたアタルヤのすぐ傍らにいたヨシェバを用いて救われるのです。彼女は乳母と共に乳児ヨアシュを寝具の部屋、要するに物置にかくまいます。そして6年間、エルサレム神殿の中で育てさせるのです。そしてヨアシュ12章にあるように即位の時、わずか7歳でした。
6年間、南ユダ王国の全国民は、ダビデ王朝は切り倒され、根だやしにされたものと思い、太后アタルヤの暴政に耐えていました。
しかし7年目にエルサレム神殿の祭司ヨヤダが声を挙げるのです。ここにダビデの血を引く7歳の王子が一人生きており、王座を取り戻すのです。最初に声を挙げたのが「カリ人と近衛兵」とあるのはダビデ王の時代からダビデ王朝の近衛兵は外国人傭兵が務める慣わしになっていたからです。エルサレム神殿が警備兵で固められ、革命が始まりました。
祭司ヨヤダは7歳の王子ヨアシュに冠をかぶらせ、掟の書、契約の書(聖書)を渡して即位の油を注ぎ、拍手して「王万歳」と叫びます。

南ユダ王国の民は王子が生き残っていたことにびっくりします。楽隊はラッパを吹き鳴らします。アタルヤ太后はびっくりして「謀反、謀反」と叫びますが、祭司ヨヤダの命令で彼女はエルサレム神殿の外で殺害されます。
そこから祭司ヨヤダの立ち会う中で、主なる神はヨアシュ王と南ユダ王国の民の間で、さらにはヨアシュ王と国民の間でも契約が結ばれます。6年間忍耐し続け、7年目の喜びが与えられたのです。

2月10日の灰の水曜日からレントに入ります。主イエスの荒野の試みは40日間でした。信仰には待ち続ける、忍耐の時期があるのです。忍耐の先に希望につながっていることを覚えてレントの時期を過ごしてまいりたいと願います。

(終わり)

<2015年秋の伝道礼拝>第3回(10月25日)説教要旨

「たちかえる生」               

列王記上     19:11~18
マタイによる福音書18:18~20

荻窪教会牧師  小海  基

<メッセージ>
信仰には、全力疾走で駆け抜ける信仰だけでなく、立ち止まったり、たち返ったりしてみえてくるあり方の両面があるのではないでしょうか。私たちは不安の中で一生懸命人生を駆け抜けていくのだけれども、一体何人いれば確かにされるのかという話が、旧約聖書でも新約聖書でもでてきます。今日読んだ列王記上19章もそのような箇所です。
預言者エリヤは850人の偶像の祭司や預言者たちとの大勝負に勝った後、孤立感とむなしさの中逃げて行ったホレブ山で、神様から問われます。「あなたは孤独だ、というけれど、では何人いたら確かにされるのか」と。神様はしばしば登場する非常に激しい嵐や、地震・火の中でエリヤに現れるのではなく、むしろ日常的であたり前の光景の中、静かにささやくような声で問いかけます。エリヤは一生懸命答えます。「この世界は悪い人ばかりです。私一人だけが残る。彼らはこのたった一人残されている私の命をも、奪おうとしているんです」。
私たちは、このエリヤの孤立感・孤独感がよくわかります。一つの信仰、一つの信念、一つのポリシーを通して日本のような社会で生きようとする者は、エリヤのように追いつめられる経験をしたことがあるでしょう。そういう時、「あなたは一人ではない、委ねる相手があるんだ」という言葉が聖書で与えられます。 

同じことを語っていますが、旧約と新約では語り方が少し違います。今日の新約の箇所で、二人または三人で主の名のもとに祈る時、その祈りの中に主はおられる、と述べるところから始まって、主イエスには12人のお弟子さんがいたとか、5,000人になった、何万人になったとか、新約聖書では、1から出発して段々増えていく感じです。イエスキリストはたった一人で十字架を負われて救いを成し遂げられたと語られ、主イエスの孤独と私の孤立感とが一つにされて、「ああ、そうだったのか」と気づかされることは素晴らしいことです。
しかし旧約では全く逆のアプローチをします。孤独だと感じているのは沢山いるから、持ちすぎているからではないか、ちょっと減らしてみなさい、と迫ってくるのです。アブラハムはソドムに何人正しい人がいれば、神様は滅ぼさないのか、50人から始まって10人までカウントダウンしてとりなします。ミディアン人との戦いで神様は、ギデオンに3万2千人では多すぎる、1万人にまで減らしなさいと言われ、まだ多すぎるから水を手ですくって飲んだ300人で戦いなさいとおっしゃるのです。
たった10人、たった300人でいいというカウントダウンのアプローチが意味することは、不安でない確かなものを自分と同じ人間に求めようとしているから、いつまでたっても不安の種はつきないのだ、最小限に絞ってみなさい、ということです。そこまで絞ってみた時に、神様が私たちと共におられるということは確かなことなんだ、と私たちはもう一度聞くことができるのです。
孤独の中にいる時に、最低2人または3人いればいいんですよ、というのは解決にならないかもしれない。むしろ旧約聖書のように、少し持ちすぎているから、削ってみなさい、という風にアプローチするのが案外大事なのかもしれません。
創造の一番最初に私たちに命を与えた方がいるということが確かなことで、今この時も私たちを守り導いておられるということに気づけばいいのだと聖書は語ります。私たちもいつもそこに立ちかえって、与えられた人生を駆け抜けていきましょう。

<2015年秋の伝道礼拝>第2回(10月18日)説教要旨

「たちどまる生」

詩編       126:5-6
ルカによる福音書第17:11〜19

荻窪教会副牧師  龍口 奈里子

<メッセージ>

 私たちは長い人生の中で、走るだけではなく、たちどまることも度々あるのではないでしょうか。頑張って走りすぎて、疲れて、立ち止まって休む時も、自分を省みようとする時もあります。立ち止まることは、長い人生の中の「休息」であり、「休止」であり、止まっている時間と言ってよいかもしれません。しかし、キリスト者にとっては、立ち止まることは単なる「休み」ではありません。なぜなら、そこで主イエスと出会い、信仰の歩みが始まるからです。

 今日の詩編で、捕囚時代のイスラエルの民が、先が見えずに、前に向かって走ることも歩くこともできないけれど、いつかは解放されるという一縷の望みをもって、少ない種を蒔き続ける状況であったことが書かれていると思います。それは、まるでただ生きている、「立ちどまっている」状態と言ってよいかもしれません。しかし、主は、その涙や失望を知っておられ、喜びの収穫へと導いてくださるのです。信仰者の旅路がここにあります。
 聖書はその生、「たちどまる生」を信仰と呼びます。人生の歩みの中で「たちどまった」人たちは、自分の意志で「休もう」と思ったというよりも、やむを得ない、何らかの状況や理由があって、「立ち止まった」人たちです。けれども「立ち止まる」ことによって、将来が見えないで閉じ込められていた心が、外に向かって解き放たれるように、新しい喜び、新しい希望へと導かれていくのだと聖書はいいます。それは信仰が呼び覚まされるときであり、そこにはいつも主イエスが共におられるからです。

新約聖書にも「たちどまる」という言葉が出てきました。重い皮膚病を患った10人が、遠くの方に立ち止まったまま、「先生、どうかわたしたちを憐れんでください」と叫ぶのです。叫ぶためには、祈るためには、走り続けていた足を一旦止めて「たちどまる」ことが大切なのです。それは、単なる後戻りとか、何の望みもなく死んでしまったかのような状態でもなく、叫び、祈ることができる。そのための「たちどまる」なのです。

 主イエスご自身も「たちどまられ」ます。どうか救ってくださいと叫ぶ祈りを聞き、その人のところに来られ、たちどまって、声をかけ、体に触れられ、そして癒されるのです。主イエスだけが、叫ぶ祈りを聞き、一緒になって「たちどまって」くださる方なのです。私たちは、この方が一緒にいてくださるから、安心して行き詰った時にその場に座り込むことも、老いることもできるのです。なぜなら、私たちが「たちどまる」よりも前から、主イエスはいつも共にいて寄り添っていてくださったからなのです。

 「たちどまる」ことは空しいことでも、死に向かうことでもありません。それは、壁の前に立ちふさがって、閉じ込められていたものが、まるで外に向かって解き放たれるための「生」、いわば「たちどまる生」なのです。
私たちの信仰も同じです。たとえ「たちどまって」も、私たちは、私たちの一番根っこの、奥の奥にある信仰が呼び覚まされるとき、喜びへと変えられるのです。重い皮膚病の10人は、みな清くされましたが、主イエスの元に来て感謝したのは1人だけでした。主はこの人に、こう言われました。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」
 私たちも自分たちが救われた信仰の原点に立ち返り、喜びが家族へ、友人へとつながっていくように、ここから「立ち上がって」信仰の旅路へと出かけていきたいと思います。